2015年7月22日水曜日

誕生日

先日、誕生日が静かに終わっていきました。
毎回書いていることですが、自分はここまで長生きするとは思っていなかっただけに、「また1年無事に生きたな」とびっくりしています(笑)

SNSの時代となり、たくさんの友達と常につながるようになって、今年もお誕生日のメッセージをたくさんいただきました。
こんなにたくさんの人からお祝いのメッセージをもらうなんて、昔じゃ考えられなかった。

これまでも誰かにお祝いしてもらったり、時には誰からもお祝いされることなく一人誕生日を迎えた年もありました。
でもひとつひとつがその時代の積み重ねであり、自分の置かれている環境なのだと自分に言い聞かせてきました。
そう考えると、今こうしてたくさんの友達や仲間に囲まれている環境は、とっても大切な宝物であり、何物にも代えがたいものだと実感しています。

今こうして生きているだけでも儲け物です。
今こうして仲間がたくさんいることはこの上ない贅沢です。

一人一人に感謝しながら、僕は今を思う存分楽しんで命というエンジンを回し続けたいと思います。

誕生日をまたぎ、ここ最近はオリジナル曲のレコーディングに明け暮れています。
どこで発表するわけでもないですが、今は音楽が楽しい。インスピレーションがどんどん湧いてくる。
今はこれをやる時なのだと思っています。

今年も一人一人の顔を思い出しながら、このつながりに幸せを感じています。
年に一度、今年もみんなに感謝です。

2015年7月17日金曜日

60年安保闘争

あまり政治的なことは書きたくないので、これが最後。
僕の周りにも集団的自衛権の行使反対を叫ぶ人たちがあまりに多いので。

前のエントリーの写真は、60年安保闘争時の国会議事堂前デモ。
史上最大のデモとなった。
今回のデモとは規模もパワーもまったく違う。

あえて言うなら、60年安保闘争も、時間と労力と税金を無駄に使っただけに終わった。
あれから半世紀、日本は戦闘を行っただろうか?
集団的自衛権に反対する前に、この50年間、なぜ自衛隊が武器を保有することに反対をしなかった?
もし集団的自衛権で発砲することを許さないなら、今までの50年もなぜ持つ意味のない戦車や戦闘機、銃器に異論を唱えなかった?
そこに矛盾と今回のデモがお祭り行事的に見える理由がある。
民主党に政権が交代したときも、自衛隊の武装を廃することなく防衛庁長官に就任した。
今集団的自衛権に反対している民主党派もそのときなにも異論を唱えなかった。

「戦争反対」「血税を使うな」と叫んでデモしている人たちを血税を使って警察動員して交通整理して混乱が起きないよう守っていることも忘れちゃいけないと思う。

デモで政治が変わった歴史はない。
政治を変えたのは常に「革命」だった。

2015年7月15日水曜日

安保問題に声が上がってるけど

日に日に戦争反対と声を上げる若者が増え、拡散が拡散され、デモの規模も大きくなってるように感じる。

SNSではこの手の話題には一切いいねもコメントもしなかった。
なぜならみんかどこかの記事をシェアしただけで自分の言葉で語る人がいないから。

昔にも同じように安保闘争があった。
しかしあの群衆の中で、安保問題をきちんと理解して自分の言葉を持って参加した人が一体何人いただろう。

いまのデモも同じ。
単に戦争反対を叫びたいだけで集団的自衛権の本質を理解してる人なんてそう多くない。
少なくともそう見えるのだ。

本質はそっちのけで「国民対国家」みたいな図式にすり替わっているように思える。

みんな叫ぶ。
「戦争反対」「徴兵反対」「若者を戦場へ送るな」
そんなことを国が言ったなんて聞いたことない。
ちょっとかじった知識だけですべてが戦争になるという話に置き換わっている。

SNSで思想を訴えるのも自由だ。
でも、だったら、自分の言葉で仲間を納得させられるように語ってほしい。
自分の言葉なくしてただ他人の言葉をシェアしてるだけなら、本質をわかっていないに等しいと思う。

2015年7月8日水曜日

ADHDには世の中は生きづらい

ADHDとしての悩みはたくさんあります。

目標を完遂できない
忘れる
同じ失敗を繰り返す
片付けられない
うっかりが多い
集中できない
などなど。

挙げればきりがありませんが、普通の人だったら「気をつければいい」「メモを取ればいい」「集中すること」「甘えてるだけ」そんな風に取られがちです。
しかしそれができないのがADHDであり、それができれば苦労しないのです。

社会生活ではこれが非常に致命的です。
失敗の許されない仕事ではなおさらです。
本来ならADHDであることを周りに周知して、サポートしてもらうのが一番いいのですが、会社というところはなかなかこれを理解してくれるわけではありません。
こういったことに無理解な会社だと、即クビにもなりかねないのです。

取引先の人でも「ああ、この人、ADHDだな」という人がいます。
さすがにズバリ聞くわけにはいかないので、僕も気がつく範囲ではリマインドしてあげたりしてます。

「物忘れ激しいんですよね」

取引先の人はそう言う。
僕も「いやいや、僕もですよ。気がついた事は僕がリマインドしますから、僕にも気がついた事は遠慮なく言ってください。忘れてる可能性大ですから(笑)」
そんな会話でなんとか仕事をこなしている。

世の中には自分がADHDであることを隠し、日夜仕事に励んでいる人がたくさんいる。
プライベートではADHDであることをカミングアウトしても、仕事ではそれをすることは致命的になることがある。だから言えない。

自分でなんとかやりくりするしかないのですが、それができないから困る。
ADHDにとって、世の中は非常に生きにくいのです。

今日、仕事でミスして、そんなことを思った。