2013年12月31日火曜日

Winter Worldへ

仲間たちはそれぞれのフィールドへ出発したようです。

僕も明日からWinter Worldへ。
とりあえず仲間と滑るための足慣らしですが、久しぶりにボードをチューンナップ。

15年くらい乗ってるボードはまだ調子いいけど、エッジを研磨しなおした。
先シーズン、アウトサイドのターンでボードが横滑りするのが気になってた。
がっつりエッジをシェイプ、そしてシェイパーで手を2ヶ所切り、絶賛出血祭りなう(笑)

さあ、みんなで冬の世界に飛び出そう!

2013年12月30日月曜日

進まない大掃除。

年末。大掃除です。
そう。世の中は大掃除です。
僕の部屋はまだ散らかったままです。

ここ最近仕事が激務で疲れが溜まったのか、何もする気が起きず、奮起してやるも長続きせず。
それでもなんとかデスク周りを少しだけ片付けた。
デスクの上の棚はいつも見て見ぬふりをして何年もほったらかしだった。
今回はそこが気になって、とりあえず置いてあったものを全部出してみた。
そしたら液晶ディスプレイを置きたくなった。
Macと並べて使ってたんだけど、スタジオモニタースピーカーが隠れてしまって、厳密な音の確認が今までできなかった。
そこで思い切って液晶モニターを縦に並べてみたわけです(笑)。
Macはちゃんと外部ディスプレイを横並びにしたり縦並びにしたりする設定ができます。
Macの液晶画面からマウスを上にドラッグすると、ちゃんと上のディスプレイに移動します。なんかマジックみたい(笑)。
でもこうやれば音楽制作の時は上のディスプレイにミキサー画面、下のディスプレイに編集画面を表示して作業しやすいし、ボーカル録りで立って歌うときは正面にディスプレイがくるので音の確認とかしやすいです。
完全に音楽制作専用の環境になりました。

しかし部屋の片付けは遅々として進まない。
なんとなく片付ける気になってギターとCDの棚を整理したんだけど、途中で照明が気になった。
ADHD、こうなったら気になってしかたありません(笑)
天井直付けの丸い照明は、天井に掛かったサーフボードで光が遮られてデスクのところには光が届いてなかった。

そこで思いつきでレールコンセントと照明3個を買ってきて付けた。
天井のコネクタからレールはスライドできるのでサーフボードを避け、3つの照明で部屋の照らし方を調整した。
LED照明という選択肢もあったけど、僕はフィラメントの暖かい光が好きなので、あえてクリプトン球にした。
おかげでおしゃれな照明で暖かい光が注ぐようになりました。

結局部屋の片付けは進まず。。。
明日こそやります。
あ、年賀状もやらなくちゃ。
いつもこうして年は明けていくんだよな。

明日は予定があるので東京にお出かけするし、たぶん年内終わらない(笑)

2013年12月24日火曜日

Happy Christmas.

今宵クリスマスイブ。
多くの人が大切な人とそれぞれの時間を深めていることでしょう。

僕にとって忘れられないクリスマスソングがある。
John Lennon「Happy Christmas -War is Over-」。

1980年12月8日、ジョンがニューヨークの自宅ダコタアパート前でファンの凶弾により倒れた。
12歳の僕はその年のクリスマス、ずっとこの曲を繰り返し聴いていた。

なぜジョンは凶弾に倒れたのか。
なぜ拳銃なのか。
なぜ拳銃がこの世に存在するのか。
なぜ人は殺し合うのか。
なぜ人は戦争をするのか。

誰もおもしろがって戦争を始め、人を殺し合うわけではない。
きっとその先にも「平和」を求めた争いがあったに違いない。
ならば「平和」のために、なぜ奪い合うのか。
なぜ「平和」のために分け合えないのか。

お腹が空いてるなら、パンを分け合えばいい。奪うことなんかない。
楽しいことは、分け合えば良い。独り占めして楽しんだって虚しいだけ。
悲しいことは、分け合えば良い。きっと誰かの言葉が誰かを癒やす。
歌いたいなら、みんなで歌えば良い。その方が何倍も楽しくなる。

聖夜を過ごしている人たちもいれば、
世界の片隅で平和を祈り続ける人がいる。
人に銃口を向けている人がいる。
国境を越えて逃げまとう人々がいる。
何の罪もない子供たちが大人の争いに巻き込まれている。

ならば平和を分け合おう。
僕は祈る。
世界中の人々に、穏やかな平和が降り注ぎますように。

どうか目を背けずにこの歌を聴き、見て欲しい。
クリスマス、本当に神という者がいるならば、
すべての人に平和を。

Love & Peace, and Merry Christmas.

2013年12月21日土曜日

スカウト話、その後。

昨日、例のスカウト電話をしてきた企業に行ってきました。

一応礼儀なので久しぶりにキチンとスーツを着ました。
パリッとしたスーツ姿は嫌いではないんだけど、今の仕事ではちょっと動きにくいんですよね。
ネクタイ締めて、革靴履いて、久しぶりに背筋がピンとしました。

さて、ここは丸の内にあるビルの最上階。
そこに今回の企業はありました。

出てきた担当者はこれまたパリッとしたスーツで、企業戦士らしい出で立ちです。
まずは企業人同士の挨拶、名刺交換から。
こちらも以前は上場企業にいたこともあるわけですから礼儀はわきまえているので堂々と。

なぜ僕が?
それが一番の疑問だったので、それを担当者へぶつけてみました。
すると、業界に詳しく営業力に長けている人材を探していて、とあるリサーチ会社へ依頼、いろんな情報を元に集めた名簿を買っているそうです。
その名簿の中に僕の名前があったそうです。
この時点でリサーチ会社のリサーチ力もかなりいい加減だということがわかります(笑)。

そこには僕の名前と会社名、ある程度の営業データなどがあるようですが、詳しくは記載されていないため、あとは面接して確認と言うことになったらしい。

採用は正社員採用。
ただ、優秀であれば誰でもいいというわけではなく、いろいろと条件はあるようです。
その条件によって点数があり、それを一定基準超えていないとその先に進めないという仕組みのようです。

そもそも僕には転職するつもりはまったくなく、今回は話を聞きに行っただけ。
じゃあわざわざ会わなくてもよかったんじゃない?と思う人もいるかもしれません。
人とのつながりはどんなときにどんなチャンスをもたらすかわかりません。
今回は転職というキーワードでつながった訳ですが、ビジネスやその他、どんなときにそのつながりが活きるかもわからないし、会ってみないとわからないこともたくさんあります。
だから僕は極力このような場合は人と会うようにしています。

久しぶりに金融業界の話をしました。
僕らがやっていたバブル期と違い、金利も低く各業界が入り乱れ相互乗り入れする時代。
そしてネットで消費者が比べて選べる時代です。
それなりに熾烈な競争があることは予測できます。
そこで戦略的に営業ができる人材を積極的に採用しようというわけです。

しかしまあ、僕もアラフィフに手がかかる年齢。
今からキャリアを新しく積み上げていくのもしんどいと思います。
当然ながら先方担当者も年齢部分と転職回数で基準を満たさないようで、残念そうな顔をしていました。

収入部分では文句の付けようもない額でした(笑)。
逆に僕の年収を聞いて担当者は驚愕していましたが(^^;
「その収入でも今の会社にいたいと思えるなにか魅力があるんでしょうね。」
その通りです。決して収入だけでは会社の魅力は語れません。
お金はやりくりすればなんとかなるものです。
人が幸せを感じるのはそこじゃないしね。

というわけで、今回のお見合いはご縁がなかったようです(笑)。


その夜、一人で沖縄居酒屋へ行き、一人忘年会。
泡盛でほろ酔い、三線をぽろんぽろん弾いてたら、1次会で酔っ払って店にやってきた、一人のうちなーんちゅが。
「にぃにぃよー、安里屋ゆんた頼む!」
すっかりご機嫌のうちなーんちゅ、安里屋ゆんた弾いたら大盛り上がり。

「あんたうちなーんちゅね?」
「いえ、大分県人です(キリッ)」
「なんで三線弾けるんさ〜(笑)」
てなわけで僕が弾くようになった経緯を説明。

僕が小学校で終戦記念日に沖縄戦を学んでいたこと、それがきっかけで沖縄にはリゾートではない特別な思いがあったこと、平和祈念公園で集団自決した崖を見下ろしたとき、たくさんの戦没者たちの魂が自分の中に入ってくるような気がして涙が止まらなかったこと、行くたびにおばぁやおじぃたちの笑顔に触れ、この笑顔は戦争というこの上ない悲しみの上に咲く笑顔なんだということ、周辺の国々に翻弄された沖縄王朝の歴史、いろんなことを話した。

そしたらそのうちなーんちゅが泣き出した(笑)。
「ありがとねー、ありがとねー、あんたはもう立派なうちなーんちゅよ。ほれ、乾杯!」
なんかうれしかった、うちなーんちゅに認められたのがすごくうれしかった。
それですっかり打ち解けて、二人で飲み直した。

なんでこの話をしたかというと、ここで幸せとはなにかという話になったんですね。
お金は必要か?それがすべてか?
確かにお金があれば苦労もしない。でも幸せとは限らない。
人々はその昔、畑を耕し、海で漁をし、生きるためのものはすべて自給自足してきた。
それで十分幸せな生活が送れた。
しかしお金がすべてを変えた。
自分たちで米を作って食べてきた人々は、やがてお金を払えば米は作らなくても買えることを知った。
そしていつしか必要なものは米ではなくそれを買うためのお金に替わっていった。

うちなーんちゅは言った。
「お金がなくても死にはしない。生きればいいのさ。人はお金がなくなると死ぬような錯覚になっている。そうじゃないよね。お金が人の命を支えているんじゃない。」
まったくその通りだ。

琉球王朝の3つの言葉。
「命(ぬち)は宝」
「いちゃりばちょーでー」
「なんくるないさ」

3つめの「なんくるないさ」。
人々はなにかあったときに開き直りの意味でこの言葉を使う。
実はとことんとことんやり抜いて、生き抜いて、ここまで、というところで出す言葉だそうです。
とことんやっても駄目だった、そのときに命をあきらめる意味での「なんくるないさ」じゃない。
ここまでやっても、まだ生きられる。それが「なんくるないさ」だと。

幸せは、その先にあるもの。
だから島の人たちは悲しい悲劇を経験してもまだ、笑顔を絶やすことなく穏やかに暮らすことができるのです。

勉強になりました。

すごく長くなっちゃんた。ごめんね。

2013年12月16日月曜日

スカウトの話

会社に、ある大手企業から僕を名指しで電話がかかってきた。
いわゆる人材スカウトの話。
大手リサーチ会社でリサーチした優秀な人材(?笑)のリストに僕の名前があったという。

後日直接30分程度話をしたいとのことで、人事部のトップから連絡がくるそうな。
信じがたい話だけど、社名は全国に名の通った、いわゆるブランド企業。会社も丸の内にある。
そんな会社が僕を必要とするなんて、なんとも狐につままれたような話です。

今の会社は報酬面を除けば不満はありません。
言い換えれば、居心地のいい、働きやすい会社だからこそ報酬が低くてもいたいと思う会社。
今の会社も前の会社を辞めたときに現社長から声をかけてもらった。
安い給料といっても、話では社内トップクラスの給料らしい。
トップクラスと言っても、今までで一番低い賃金です。

正直、お金じゃないところもあります。
お金だけにこだわるならもっと儲けられる仕事はたくさんある。
あまりお金に固執しない僕は、報酬額では選ばなかった。

どんな話になるのかわかりませんが、一度話は聞いてみることにしました。
大した仕事はしてないけど、業種からして、おそらく今までの金融機関への営業や仕事の内容に起因しているように思います。

新境地へ出向くのも冒険だけど、それも悪くないかもしれない。
でも不安もある。
テキトー人生を好む僕としては、あまり波風の立った仕事はしたくない。
まずは内容内容を聞いてから、それから考えたいと思います。

取り急ぎご一報まで。


2013年12月15日日曜日

大切に、愛を込めて。

今日は写真はございません、あしからず(笑)。 

土曜日、久しぶりの休日という感じ。 夏からずっと土曜出勤が多く、
土日休みというのは本当に数えるほどしかなかった。
 そんな生活に慣れてしまったのか、休日が2日もあることに戸惑っています。 
ちょっと部屋を片付けてみたり、掃除してみたり、ギターを弾いてみたり、昼寝してみたり、髪を切ろうと美容室探してみたり。
やることないし、なにをやろう。 外はポカポカ暖かいし、バルコニーでコーヒー飲みながらのんびり。
その日をどうするか考え迷って。
ちょっと贅沢な1日だなと思いました。 

そんなだらだらの1日でしたが、午後になって家は誰もいなくなった。
予告も通達もなしに(笑)。 
そこでレコーディング、歌入れをすることにした。
いそいそとマイクをセットし、プリアンプを調整し、準備準備。
とあるアーティストに直談判してカバーの承諾をいただいた曲。
まだピアノや上物が入ってないけど、歌は入れられる時に入れておかないと、次はいつ入れられるかわからない。
 いつになく気合いを入れて歌った。
下手なものは下手。 でも魂の込め方や感情の込め方は下手でもできる。
 1音1音を大切に、愛を込めて歌った。
 あ、愛ってのは、誰かへの、とかではなくて、歌に対する愛情のことね(笑)。 

楽曲としてはとてもシンプルな曲。 なのにいざ歌うとなると難しい。
うまく表現できない。 歌詞と歌声がリンクしない。 
曲調に合わせてギターやピアノなどの楽器も選ぶように、歌も歌詞や曲調に合わせた歌い方がある。 単純そうで奥の深い世界。
だから「歌手」という職業が成り立つんですけどね。

こういうのをやってると誰でも歌えるものではないということを痛感させられます。 
今回の曲は僕の偏見で選んだ曲だけど、 この曲を聴いた時に、キャンプでみんなが大合唱するシーンが思い浮かんだ。
レコーディングも、大勢の仲間で歌ってみたいと思った。 

いい感じで仕上がってきています。 とりあえず歌入れも終わり、ボーカルトラックの編集作業へ。 大切に、愛を込めて。

2013年12月9日月曜日

12月

12月でございます。
師走でございます。

毎年12月は忙しくてなにもやる気なくなります。
年内の駆け込み発注、パンクする工場、届かない荷物、ひっきりなしにかかってくる電話とメールの嵐。
支店をまとめる役としても気を抜けない。

それでも学習してるからきちんとガス抜きはしてるし、心配してくれたり気を遣って外に呼び出してくれる友達もいたり、そんなときはほんとありがたいなと思うし、感謝してます。

さすがにもう自分から忘年会企画したり飲み会企画したりという元気もないし、僕のような歳が率先する時代でもないと思ってて、いろんなところで一歩引いてるのもそんな理由からです。

ライブなんかも大きな箱によく行ってたけど、それが中クラスの箱になり、今ではさらに小さくなってカフェクラスの場所が多くなりました。
インディーズ傾向が強くなったのかな。
音楽の傾倒による性格分析によると、インディーズ好きは自己評価が低い人だそうです(笑)
ほっといてんか(ー ー;)

確かにというか、今は今までにないくらいに音楽中心の生活です。
そんなにひとりでこもり切りで音楽やってどこ目指すのってのもありますが、今はここが一番の落ち着きどころなのでしょう。

人とのつながりも構図が変わってきました。
つながりを太さと長さで例えるなら、これまで近くにいた親友たちは今も変わらず太いつながりでつながっていますが、長さが少し長くなった感じでしょうか。
そして新しく細いが近いつながり、それがいくつもできたという感じです。
つながりが切れてる訳だからさみしくもなく、逆に新しいワクワクが生まれたり。

新しいつながりに不安や戸惑いがあることも。
でも不安や戸惑いで迷うということはどこかでつながりたいと思っている証拠であり、否定ではないんですよね。
だったらつながってみて、そこからつながりを太く近くしていくか、断つか考えてもいいのではないでしょうか。

人はそんなことを繰り返しながら心のエンジンを回し続けるんですね。

音楽、人とのつながり、それがこれからどんな道を作っていくのかわかりませんが、過去と未来と現在、それを素直に受け止めながら、ゆらりと揺れながら風に吹かれるままに。

師走に先立ち、そんなことを振り返ったりしていたのでした(笑)

2013年12月4日水曜日

尾崎豊について

先日、別のアーティストのアルバムを買おうと思ってCDショップに行ったんだけど、そこで尾崎豊の1988年の「LIVE CORE」のライブCDを見つけてしまい、衝動買いしてしまった。

僕は尾崎豊が全盛だった頃の世代で、いわゆる「積み木崩し」世代。
学校の先生には反抗したし、夜の校舎窓ガラス壊して廻る連中も本当にいた時代。
単にかっこつけで反抗していたんじゃない。
思春期という多感な時期に、社会のルール、学校のルール、前にならえの教育と自分たちの中のそれに対する疑問、反感、不信感がぶつかり合った結果だった。
でもそれは家庭の問題でも学校の問題でも社会の問題でもない。
自分の中の、向かうべき道を見失ってしまった行き場のない気持ちが問題だったのだと思う。

尾崎豊は、まさにそんな渦中の僕らの気持ちを歌ったアーティストだった。
ストレートなロック、心の叫び、燃やす魂、それが若者の共感を得た。

26歳という若さで亡くなった彼は、まさに「伝説」となった。
社会に抗ったヒーローとして、当時の信者たちによって祭り上げられた。

でもその反面、実は尾崎の曲の中には「愛」を唄った歌が非常に多い。
もしかしたら社会に抗う歌よりもラブソングの方が多いかもしれない。
どれも切なく、優しく、男女どちらからも愛される曲ばかり。

反社会のヒーローとして語り継がれることが多いから、もしかしたら世間は尾崎豊という男を少し誤解しているのかもしれない。

尾崎を知らない世代も、ちゃんと聴けば本当の彼を好きになると思う。
僕にとっては反社会的ヒーローではなく、まさにロックンロールヒーローだった。
本当にいい曲が多い。
ぜひきちんと聴いて欲しい。

2013年12月1日日曜日

房総は紅葉の季節です

大切に思える大親友2人と久しぶりに飲んだ翌朝、一人車を走らせ房総半島にある亀山湖へ。
氷点下の寒い朝を迎えた亀山湖。
湖面から立ち上る朝靄と燃えるような紅葉のコントラスト。
早朝しか観ることのできない幻想的な風景に出会うことができました。

今回の目的は、大学のゼミのキャンプへの合流。
土日で湖畔のキャンプ場にてキャンプをしているというので、日曜日はなにもやることもないし合流しました。

学生の中には今年の障害者キャンプに参加した子もいて「すんごい楽しいキャンプでした!」と喜んでくれていた。
今年は僕は参加できなかったけど、直接そんな感想を聞けて、うれしかった。
スタッフやカウンセラーのみんな、今年もがんばってくれてたんだな。

朝食を一緒に摂り、僕も一緒に湖畔コースのトレッキング。
20歳以上の年齢ギャップがありながらも楽しい会話をしながら秋の房総の自然を堪能。
やっぱ若いっていいね。みんな元気元気!
なにより自然の中を歩いている自分はすごく素直になれて、自然体になれる。
そこには明らかに都会で仕事をする時の僕とは違う僕がいました。

なんていうんだろ、明らかに行動や表情、言葉に元気がある。
ずっとニコニコしてるんだよね。
今回はなんとなくそれに気づきました。
帰りは一人先に大学に帰らなくちゃ行けない子がいたので、その子を乗せて大学へ戻り、その後まっすぐ帰らずにちょっとした自然のあるところへ行ったり、温泉に入ったり、一人の時間を満喫していました(笑)。

親友と過ごした土曜日。
一人の時間を満喫した日曜日。

いい週末でした。
そして僕を素に戻してくれた仲間と自然に感謝。