2011年12月5日月曜日

音楽のない世界

昨日、せっちゃんのライブに行ってきました。
今までフェスなんかでせっちゃんのライブは観てきたけど、ワンマンは初めてでした。
まさにロックコンサート。
なんか気持ちよかったです。
ギター少年(中年)にはたまらないコンサートでした。
しばらくギターを持つ気になれなかったんだけど、なんか、やっぱりギターはいいなと思いました。
「僕と彼女とロックンロール」ではリッケンバッカー弾いてジョンの立ち方でビートルズごっこしたり、楽しそうでした。
新しいアルバムの僕の大好きな「虹が消えるまで」や「ギター」もやってくれたし大満足。
とにかくせっちゃんのギターとアンプ、弾き方に終始釘付けな僕でした。

のんびり横浜を巡り、港を見下ろしながらいろんなことを考え、せっちゃんのギターに釘付けになり、いい休日でした。


明けて今日、僕は音楽を一切聞いてない。
一度もヘッドホンを耳にしてない。
せっちゃんのコンサートが終わって目標がまたひとつ終わってしまったし、ここんとこいろいろあって、とうとう音楽さえも今日は聞く気になれなかった。

音楽が耳で鳴ってない日常は、ちょっと不思議な感じだった。
いろんな音が耳に飛び込んできて騒がしく、不快な感じもあった。
なにより音楽のない世界の寂しさをすごく感じた。
好きなものや大切なものがない世界は1日でも寂しい。

震災に遭った人たちは日常のすべてがなくなってしまった。
それは音楽のない日常よりも比べものにならないくらいの寂しさと悲しさ、悔しさ、虚しさ、怒りや無力感が襲ってきて、それと毎日闘っているんだと思う。
それを口軽く「がんばれ!」なんて言えないなって思った。
「がんばれ!」は他人事だ。
がんばるなら一緒にがんばっていくのが筋だ。
いつか自分の身にもありえることなんだから。

寂しいときは寂しいんだ。
悲しいときは悲しいんだ。

そんなときに「がんばれ!」なんていらない。
欲しいのはそっと差し伸べられる手と黙って抱きしめてくれる人。

そうだ、そうなんだ。
今日僕は、そんなことを思った。

神様は忙しくて、連れてく人を間違えてる。
神様は忙しくて、引き離す人を間違えてる。

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