古くから信仰のの山として、そして日本で最も険しい山として知られる立山連峰剱岳。
明治39年。日露戦争を終えた陸軍は、国防のため日本地図の完成を急いでいた。最後の空白地点である雪山・剣岳への初登頂と測量は、陸軍参謀本部の測量手である柴崎芳太郎(浅野忠信)に任された。立山連峰に屹立する剣岳は、多くの優秀な測量部員にも未踏峰なほどの険しさで知られていた。しかし、ここでの測量を終えなければ、日本地図は未完成のままである。一方、創設から間もない日本山岳会の小島(仲村トオル)らは、ヨーロッパ製の最新道具を備えて、剣岳への初登頂の名誉を狙っていた。民間に先駆けられることは、国家の威信に賭けても避けねばならない。重い使命を背負った柴崎は、妻の葉津よ(宮崎あおい)から励まされながら、案内人の宇治長次郎(香川照之)と前人未到の剣岳へと調査に向かう。そこで出会ったのは、行者(夏八木勲)だった。「雪を背負って登り、雪を背負って降りよ」という彼の謎の言葉だけを胸に、登頂への手掛かりすら掴めないまま柴崎たちは下山した。翌年、測夫の生田信(松田龍平)ら7名とともに測量本番の登山へ向かう柴崎たち。しかし、立山連峰の過酷な雪と暴風雨、そして雪崩は、柴崎たちの行く手を厳しく阻む。絶望的な状況の中、前任の測量手である古田盛作(役所広司)からの手紙も苦悩する柴崎の心の慰めとなった。日本山岳会の小島たちも、剣岳の困難さを身をもって体験して、あらためて柴崎への敬意を深める。自分たちは登ることが目的でも、彼らは登ってからが仕事なのだ。もういちど仲間たちと連帯し、そびえ立つ剣岳に柴崎たちは挑む。そこでヒントになったのは、いつかの行者の言葉だった。ようやく頂上へと到達できた柴崎は、地図づくりの測量を果たすことに成功した。しかし、そこで彼が目にしたのは、古代の行者が残していた痕跡だった。剣岳に初登頂したのは柴崎ではなく、彼らだったのだ。柴崎の複雑な感慨も、無言のまま山は包み込む。
昔から「自分の技術では登れない山」として僕はまったく興味を示したことがなかったです。
小学生の頃、叔父さんの部屋に忍び込んでは「山と渓谷」を読んでいました。
そこで圧巻だったのはやっぱり北アルプスと立山連峰。
今でも剣の壁にザイルで張り付くクライマーの白黒写真が目に焼き付いています。
日本地図を完成すべく最後の三角点を設置するために前人未踏の剱岳に挑む。
先人の情熱がなければ、日本の地図も山の歴史も開かれなかったかもしれません。
こうして山へのルートが開拓されていくのですね。
それにしてもすばらしい眺望が山へ誘います。
美しさと厳しさが交錯する、いわば醍醐味とも言える山
行ってみたいな。
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