今日、沖縄は本土復帰40年を迎えた。
日本、中国、米国の覇権に翻弄された琉球は、歴史上大きな犠牲を払って今がある。
僕は復帰当時は3歳だった。
当然沖縄復帰など知るよしもないし、親父はよく小さな僕に「沖縄に行くにはパスポートがいるんだぞ。お金もドルを使うんだぞ。あそこは米国だ」と復帰後も冗談交じりで言ってたのを思い出す。
今では綺麗な珊瑚礁の島、ゆったりと流れる時間、優しい人当たりの島の人たちで一大リゾート地という印象の沖縄だけど、僕にとっては悲しみの上に立つ「生きる」島。
それは学校での教育がかなり影響してると思う。
大分では小中学校が夏休みの時期でも8月6日、9日、15日は登校日になっていた。
広島、長崎の原爆記念日、そして終戦記念日。
この日は登校して黙祷を捧げ、戦争についての映像や写真で勉強をする日。
終戦記念日には沖縄戦の勉強をする。
雨のように降り注ぐ銃弾、防空壕に投げ込まれる手榴弾や火炎放射器、そして自決する人々。
なんの罪もない島の人々が、日本軍から「生きるは恥」と言われ、次々と命を落としていく様は見ていて本当に辛かった。
沖縄に行ったときは平和祈念公園へも行った。
戦没者全員の名前が刻まれた回廊を抜けると集団自決した断崖にたどり着く。
海から吹き上げる風はまるで何万人もの戦没者の魂が自分の中に向かって入ってくるようで、涙が一気に溢れた。
島の人々の笑顔の根底には、たくさんの悲しみと涙があり、それが「明るく生きなさい」と人々を笑顔にしていると思う。
だからもう戦争はしちゃダメなんだ。
核は使っちゃダメなんだ。
無駄な争いも、無駄な血も流しちゃダメだ。
すべての武器を、楽器に持ち替えよう。
LOVE & PEACE.
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